伝統は、挑戦からできている
サステナビリティのヒントにあふれた日本で

岩手・八木澤商店を訪ねて

伝統は、
挑戦からできている

醸造とは、地域の命をつなぐ機能である

天野エンザイムではもうひとつ、毎年伺っている場所があります。東北の陸前高田にある八木澤商店という伝統的な醤油づくりをしている会社です。東日本大震災で蔵がすべて流されてしまい、何も作れなくなってしまった時も、社員を1人も解雇せず、給料を払い続けました。そこには、醸造文化というのは、地域の命をつなぐ機能である、というゆるがない理念があったからです。醤油は、食料の保存に役立つというだけではなく、地域に多くの雇用や流通を生み出す。さらに蔵には一定の穀物が蓄えてあり、枯れない井戸があることで、有事の時に地域の命をつなぐ。醤の文化の本質に気づき、守り続けているのです。

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八木澤商店は先代社長のときから地域の未来や食文化の衰退に危機感を持って、地産地消、有機栽培といった伝統の作りに挑み注目されてきた蔵です。しかし、地震による津波で全てが流されました。ところが失われたはずのもろみが、奇跡的な経緯で瓦礫の中から見つかり、受け継がれてきた菌による発酵が再びできるようになりました。彼らがすごいのはその再開で満足するのではなく、挑戦を続けていることです。海外で三ツ星シェフをはじめとしたファンを広げ、町に人を招き、オープンな大学のような機能を持たせるなど、自分たちを活発な微生物に喩えながら、地域に閉じずに世界の土壌を豊かにするための活動を続けています。河野社長は作家・宮沢賢治の言葉を引用されて、こうおっしゃっていました。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」と。

そして彼らは伝統とは、「進化し続けないと死ぬ、という感覚で守り続けることだ」と語っています。受け継ぐ、という言葉からは、そのままの姿を維持するという発想になりがちですが、地域や時代、そしてお客様の変化をとらえて挑戦を続けることこそが伝統となって残っていく。そしてその挑戦を支えるのは、100年先を見すえた時に、何が大事かを見つめ直してかかげた、「地域の命をつなぐ」という彼らの理念なのです。

微生物資源大国、日本で。

天野エンザイムでも人類の課題解決のために、「先端技術と伝統技術の二兎を追う」というアプローチで、岐阜県にあるイノベーションセンターで開発を行っています。先端バイオ技術に含まれるのは、遺伝子組み換え、タンパク質工学、ゲノムスクリーニングといった手法です。一方で、伝統技術としてはナチュラルスクリーニングや育種があり、世界各地の土壌から採取した約2万株の菌株のライブラリーから、未知の働きを探求し続けています。特に日本は、「微生物資源大国」で、多種多様な微生物が存在します。南北に長い国土に加えて経済水域も広く、さらに富士山の頂上から小笠原海溝の底までを考えると、縦にも14kmもの長さがあるからです。

わたしたちは、西洋的なアプローチとして、人間が思い描く設計図のもとに、それに合った酵素をどうやってつくるか、という考え方で「発明」を進めています。一方で、あらゆるものに命があり、その偉大な恵みを「発見」するという日本的な発想も大切にしています。自然の中には、人智を超えた酵素を生み出す菌が、存在しているからです。だからこそ、実は破壊的イノベーションを生み出すのは、人間が意図したものをつくる遺伝子組み換えのような先端技術よりも、人間の予想を超えたものを見つけるスクリーニングのような伝統の技術なのではないかと考え、世界では珍しい手法での挑戦を続けています。

〈取材協力〉八木澤商店